アニメスタジオだったほうぼう屋
- 店主すー
- 5月19日
- 読了時間: 3分
「俺の父ちゃん昔ここで働いてたんだ。」
ある日ほうぼう屋でM君がそう言いました。
M君はスタッフKの中学の同級生で、西荻生まれの西荻育ち。それまで大人になってから何回か来てくれてましたが、そんな話は初耳だったんです。
「え…という事は、これまでほうぼう屋で働いてくれたバイトさんの誰かの息子さんという事?いや、そんなはずはない。皆さんとは今でも付き合いがあって、そういう子がいたら分かるはず。はて…父ちゃんって誰?」
しかし聞けば、M君のお父さんはアニメーターなのだそう。…そっか!それ聞いて私は合点がいきました。
前回の私の投稿でもお話ししたように、
ほうぼう屋がある場所はほうぼう屋が出来る前、大家さんが誰にも貸す気がなく5年間放置されていた場所だったんです。
けれどその5年より前は、「アニメのスタジオ」だったそうなんですよね。
つまりM君は、「今から38年以上前にこの場所で働いていた方の息子さん」だったという訳でした。
その上何と何と!
当時M君のご家族が住んでいたマンションは、今我々が住んでいるマンションなのだそう。つまり「職場も自宅も同じ」という…何だか話を聞いてるうちに鳥肌が立ってしまいました。
いやぁ〜こんな偶然ってあるんですね(O_O)
実はほうぼう屋がオープンした当初、以前アニメスタジオ時代に働いていたという方々が何度か訪れてくれた事があったんです。皆さん「お〜!カッコいい空間になったな〜!!」と喜んでくれました。
しかし私は不覚にも肝心な事を聞きそびれていたんですよね。「この場所には何というアニメ会社があって、どんな作品が作られていたのか。」という事を…。
その答えがM君によってその日に判明!そこはとても歴史のあるアニメ会社・Aで今も健在。そして数々の作品がここで生まれた事も分かって点と点が結びつき、線へと繋がっていったんです(^^)v
西荻や杉並区は昔からアニメスタジオが多く、お客さんもそれにまつわるお仕事をされている方々が沢山いらっしゃいます。そしてお話を伺うと、アニメ業界は本当に大変な事も多いんだろうなぁ…と。
けれど、自分が関わった作品が多くの人々を感動させられる「やり甲斐のある仕事」だとも思うんですよね。
ちなみに私にとってアニメと言えばやっぱり『アルプスの少女ハイジ』
実は私ががんで入院していた時、術後の痛みで夜も眠れず、息子に教わりスマホの画面で配信を観て元気をもらっていました。
私が小学生の頃大好きだった作品でしたが、改めて観ると随分視点が変わっている事に気付いたんですよね。子どもの頃はハイジやクララの視点だったのに、今やアルムおんじの視点に…。だってあれから52年も経っているんですもんね。
そりゃ〜年取る訳だ(笑)でもやっぱり今観ても名作です!
写真はジブリ好きな息子に誘われて行った、
昨年8月「麻布台ヒルズギャラリー」で開催された『高畑勲展』に行った時のもの。
私は初めて行ったアニメ関連の展示会でしたが、『アルプスの少女ハイジ』も高畑さんが演出・監督を務めた作品です。
多くの人に惜しまれながら8年前にこの世を去った高畑監督の回顧展でもありましたが、改めてその凄さを感じさせられました。
アニメの世界も音楽の世界も、私たち世代が影響を受けた作品を作った方々が次々と旅立ってゆきます…。
沢山の素晴らしい作品を残してくださって、本当にありがとうございます。
店主すー

38年前まで、ここはアニメスタジオだったんです。

「日本のアニメーションを作った男」なんですよね、ホントに。

映画『平成狸合戦ぽんぽこ』の音楽プロデューサーは、ほうぼう屋の常連でもあった「故 古澤良治郎さん(ds)」。そして主題歌・挿入歌を担当したのは、これまたよく来て頂いていた無国籍音楽集団「上々颱風(しゃんしゃんたいふう)」(※現在は活動休止中)です♪


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